佐久市で初となる「いじめ重大事態」調査が決定
2026年6月、御代田町で初となる「いじめ重大事態調査」が開始された。その隣町である佐久市でも、2026年7月下旬、市内初となる「いじめ重大事態」の調査を行うことが決定した。
舞台となったのは、佐久市立の公立中学校の運動部である。被害を訴える生徒は、長期間にわたり、部内での陰湿な仲間外れや大人からの暴言を受け、心身に深刻なダメージを負った。
まず、明確に指摘しておきたい。この事件は、一歩間違えれば、第2の「旭川女子中学生いじめ凍死事件」という最悪の結末を招きかねない、極めて危険で深刻な事態であった。
絶望的な集団孤立を生むいじめの構図、そして事態を矮小化し、被害の深刻化を止められなかった学校や教育委員会の対応が、あの悲劇と恐ろしいまでに酷似しているのである。被害生徒の生命・身体に重大な危険が生じかねない状態であった。
さらに深刻なのは、今回の問題が「起きるべくして起きた」と考えざるを得ない点である。
本来、子どもを守るべき運動部の顧問B教諭については、令和6年(2024年)にも暴言をめぐる問題が発生し、体罰に関するアンケートも行われていた。しかし、被害保護者の説明によれば、その結果は学校内部で適切に検証・報告されず、事実上処理されたとみられる。
その後、今回の被害保護者が2026年3月に学校へ過去の問題を伝えたことを契機として、体罰の事実が認められ、県教育委員会へ報告されたという。
加えて、過去の2018年から2021年頃にも、東信地方の中学校の運動部で顧問による深刻な体罰・差別的扱いが問題となり、長野県子ども支援委員会への人権救済申立てに発展した事案があった。
本来であれば、県教育委員会や市教育委員会が徹底した検証と再発防止策を講じるべきであった。それにもかかわらず、過去の教訓は十分に生かされず、教育現場では再び暴言と抑圧的な権力構造が放置されていたのである。
【本記事の資料と表記について】
本記事は、被害生徒の保護者から提供された「いじめ重大事態に係る申立書」、関係資料および詳細な説明に基づいている。保護者によれば、重大事態調査に向けた第1回目の説明はすでに行われている。
本稿では、被害を訴えている生徒を「被害生徒」、いじめ行為を行ったとされる先輩を初出以降「先輩A」、運動部顧問を「顧問B教諭」と表記する。
旭川事件と佐久市「いじめ重大事態」の構造比較
| 旭川女子中学生いじめ凍死事件 「いたずら」「子ども同士のトラブル」などと矮小化し、重大な被害の把握と対応が遅れた。 | 佐久市のいじめ重大事態 「話し合いや解決は難しい」と消極的な姿勢を示し、相談から重大事態の申立て・調査決定まで長期間を要した。 |
| 旭川女子中学生いじめ凍死事件 複数人による同調圧力が働き、誰も助けに入れない閉鎖的な集団いじめへ発展した。 | 佐久市のいじめ重大事態 顧問や先輩の権力を背景に同調圧力が形成され、女子部員による付き添い拒否や集団無視へ発展した。 |
| 旭川女子中学生いじめ凍死事件 真摯な謝罪が行われず、自己保身や行為の正当化が問題となった。 | 佐久市のいじめ重大事態 「勝つためには正当」として謝罪を拒み、先輩Aの父親が被害生徒と母親へ大声で暴言を浴びせ、警察への相談に至った。 |
| 旭川女子中学生いじめ凍死事件 絶望の末、自死という最悪の結末に至った。 | 佐久市のいじめ重大事態 睡眠障害、食事困難、ストレスによる蕁麻疹など、心身の限界を示す症状が生じた。 |
時系列で追う「孤立化の罠」――日常的な威圧から決定的な排除へ
いじめの中心となったのは、運動部の部長である先輩Aだった。被害生徒に対する行為は、上下関係を利用した執拗で巧妙なものへと、段階的にエスカレートしていった。
第1段階(2025年夏頃~2026年2月):指導を装った威圧と冷遇
【生徒間のいじめ実態】
2025年夏頃、被害生徒は、掃除の時間に校舎上階からバケツに入った汚水をかけられる嫌がらせを受けた。担任へ報告したが、被害保護者の説明では、学校による具体的な対応は確認できなかったという。
その後、それまで頼れる先輩であった先輩Aの態度が急変した。防具の扱い方を尋ねても「YouTubeを見て」と冷たく突き放され、2026年1月22日には、夜間の県立武道館で強い口調による威圧的な叱責を受けた。被害生徒は恐怖を感じ、部活動へ行きづらくなっていった。
被害生徒へのいじめが本格化する前後の夏頃から、女子の先輩など複数の部員が理由不明のまま相次いで退部している。これらの退部も、部内の異常な空気や人間関係と関連していた可能性がある。
【顧問B教諭による威圧的な指導環境】
顧問B教諭は、初心者である被害生徒に必要な指導を十分に行わない一方、他の部員に対して「目の前から消えろ」と暴言を吐くなど、日常的に強い言葉を用いた指導を行っていたとされる。
こうした顧問の言動によって、部活動内には、指導者や上級生に逆らいにくい抑圧的な空気が形成されていた。
第2段階(2026年3月~4月):公開叱責と連絡網からの排除
【生徒間のいじめ実態】
2026年3月12日、先輩Aが被害生徒の教室を訪れ、クラスメイトの前で「遠征を休むな」「やる気が足りない」などと威圧的に叱責した。
さらに3月下旬から4月1日にかけて、被害生徒側だけを除外した遠征チームの新しいLINEグループが作成され、稽古の招集連絡などから実質的に排除された。
【いじめ相談後の初動――事実確認より「グータッチ」で仲直り】
被害保護者から、先輩Aによる威圧的な叱責や人間関係について相談を受けた後も、顧問B教諭が、部内で何が起きているのかを十分に調査し、双方から丁寧に事情を確認した形跡は確認できない。
そのような中、3月25日、顧問B教諭は被害生徒と先輩Aに「グータッチ」をさせ、仲直りを図った。
しかし、根本的な事実確認や先輩Aからの正式な謝罪、被害生徒側の納得がないまま行われた形式的な対応であり、問題の解決にはつながらなかった。その後も、LINEグループからの排除や無視などの行為は続いていくことになる。
第3段階(2026年5月~6月):集団同調による完全な孤立と物理的拒絶
【生徒間のいじめ実態】
5月に入ると、大会で仲間外れにされ、先輩Aから無視される状況が続いた。5月24日には大会で先輩Aから強く腕を引っ張られ、5月25日にはミーティングで挙手したにもかかわらず、見ないふりをされて無視された。
5月26日、17時頃に部活動のボードを見に行った際には、先輩Aから強くにらまれ、恐怖を感じた。5月29日には、同級生から「無視くらい耐えろよ」と言われ、傷ついたという。
6月7日の大会でも、被害生徒は仲間外れにされ、無視を受けた。
決定的だったのは、6月20日の地域大会個人戦である。試合に出場する被害生徒に対し、女子部員が誰一人として付き添いに来なかった。通常の部活動では考え難い状況の中、被害生徒は一人だけ孤立させられた。
【改善されないまま繰り返された「グータッチ」――2回目の形式的対応】
3月25日の「グータッチ」では問題が解決せず、その後も無視や仲間外れなどが続き、被害生徒の孤立はさらに深刻化していた。
それにもかかわらず、6月18日、顧問B教諭は再び先輩Aと被害生徒に「グータッチ」を指示した。
しかし今度は、先輩Aがだらんとした態度で拳を差し出した後、被害生徒の手を強く振り払うような接触を行った。結果として、問題を解決するために行われたはずの対応が、被害生徒に新たな精神的・身体的苦痛を与える二次被害につながった。
また、大会現場においても、部員間の関係を把握し、被害生徒の安全と孤立を防ぐための引率・配慮が十分に行われなかった。
第4段階(2026年7月):最後の歩み寄りに対する暴言と罵倒
【生徒間のいじめ実態と手作りのお守り】
7月に入り、県大会を迎えても、会場内のさまざまな場所で女子部員が輪をつくり、被害生徒に背を向け、寄せ付けない空気をつくっていた。被害生徒は、頑張って近寄るも輪には絶対入れない空気感を常に出しており、泣きたい気持ちを常にこらえていた。
このとき被害生徒は、いじめや集団無視を受け続けて心身ともに傷つきながらも、「最後は仲間として一緒に頑張りたい」「前のように普通に会話できるようになりたい」との切実な願いを込め、寝る時間を削って、試合に出場する女子レギュラー部員のために手作りのお守りを作成していた。
なんとか周囲に溶け込もうと必死に試みた、最後の歩み寄りだった。しかし、先輩Aはその思いを「いらない!」と強い口調で突っぱねた。
【顧問B教諭の問題対応】
大会直前の7月7日、顧問B教諭は、女子部員の中で被害生徒だけを強く叱責する公開叱責を行ったとされる。この対応は、被害生徒を部内で孤立させる空気を是正するものではなく、むしろ先輩や他の部員による排除を止められない状況を深めた。
被害保護者による重大事態の申立てと申立書の提出
【2026年7月9日に電話で申立て、その後書面を提出】
被害保護者は2026年7月9日、佐久市教育委員会に電話で連絡し、「心身に重大な被害が生じた疑いがある」として、いじめ重大事態の調査を申し立てた。
その数日後、「いじめ重大事態に係る申立書」を書面で提出した。申立書には診断書があることも記載され、2025年夏頃から2026年7月までの具体的な経過が時系列で示されている。
揉み消された体罰と暴走する大人たち
手作りのお守りを拒絶された場にいた先輩Aの父親は、大勢がいる公衆の面前で、被害生徒とその母親に対し、
「いらないです、いらないですって言ってるだろ」「このキチガイめ」
などの暴言を浴びせた。
なお、被害保護者の説明によれば、この先輩Aの父親は警察官であるという。
あまりに威圧的な行為であったため警察へ通報する事態となり、その後、被害保護者は、この発言が侮辱罪に当たり得るものとして警察へ相談している。
被害保護者の説明によれば、先輩A側の保護者は、それ以前から学校による謝罪の働きかけに対しても「勝つためには正当であり、謝罪はしない」との姿勢を示し、被害者側への陰口を述べるなど、部内の対立と排除を助長していたという。
さらに重大なのは、顧問B教諭をめぐる過去の体罰情報と、その処理である。
令和6年には、同教諭の暴言をめぐる問題が発生し、体罰に関するアンケートが行われていた。ただし、当時問題となった暴言の具体的内容は、現時点で明らかになっていない。
被害保護者の説明によれば、アンケート結果は学校内部で適切に検証・報告されず、事実上揉み消されたとみられる。体罰の事実が認められ、県教育委員会へ報告されたのは、今回の被害保護者が2026年3月に学校へ過去の問題を伝えた後である。
つまり、令和6年当時のアンケートは、体罰問題の把握、外部への報告、顧問への適切な指導、再発防止へ十分につながっていなかったことになる。
関係者の説明では、当時は「子どもに部活動を続けさせたい」という保護者側の意向や、顧問との関係性の近さもあり、問題の追及が十分に行われなかったという。市教育委員会による説明も、「厳しくしすぎた、ごめん」といった趣旨のものにとどまり、徹底した検証と是正には至らなかったとされる。
こうした過去の甘い対応が、顧問による暴言や威圧的指導を止められず、今回の事態を生む土壌を残したのである。
トップが形成する集団心理と、放置された過去の教訓
なぜ、子どもたちはここまで残酷に一人の仲間を排除できたのか。心理学・社会心理学上の概念に照らすと、部活動という閉鎖空間において、次のような集団心理が働いたと考えられる。
モデリング(観察学習)の観点から見た部内構造
部活動という閉鎖空間において、絶対的な権力を持つ顧問B教諭が「目の前から消えろ」と暴言を吐き、特定の生徒だけを公開叱責し、冷遇する姿を見せる。
子どもたちは、大人の行動を観察し、その場で何が許容されるのかを学習する。権力者が特定の生徒を軽視し、攻撃的に扱えば、集団内には「この生徒には何をしても許される」「攻撃してもよい対象である」という規範が形成される。
モビングと「攻撃者への同一化」の観点から見た集団排除
生徒たちは、「顧問や部長である先輩Aに従わなければ、次は自分が標的になる」という恐怖を抱く。自己防衛のために、集団の中心人物へ同調し、攻撃者の言動をまねるようになる。
その結果、連絡用LINEからの排除、大会での付き添い拒否、集団で背を向ける行為など、部員全体を巻き込んだ集団的な精神的暴力、すなわちモビングへ発展していった。
本来、この構造は、過去に東信地方で発生した中学校の運動部の体罰・差別問題の際に、徹底して検証されるべきだった。
当時、教育委員会が部活動内の権力構造と集団心理に踏み込み、県内全域で指導者への厳正な対応と再発防止策を徹底していれば、今回の事件を防止できた可能性は極めて高い。
しかし、教育行政は十分な検証と改善を行わなかった。それどころか、今回、被害保護者が正当な権利として市教育委員会へ情報開示請求を行った際、窓口で書類の受取りを渋り、総務担当を呼ぶ事態となるなど、事なかれ主義と組織防衛を疑わせる対応が続いている。
被害者救済より組織防衛を優先する教育行政
被害生徒は、深刻な睡眠障害や食欲不振に苦しみ、学校の駐車場に到着した途端、ストレスから全身に蕁麻疹が生じるなど、心身ともに限界を超える状態に置かれている。
学校をはじめとする教育行政の対応に対し、市民が強い憤りを抱くのは当然である。
- なぜ、関係機関をたらい回しにし、被害者へ過大な時間的負担を負わせるのか。
- なぜ、法律やマニュアルで定められた手続を、都合のよい解釈で狭め、実行しようとしないのか。
- なぜ、組織の保身を優先し、責任の所在を曖昧なままにするのか。
- なぜ、何度も強く抗議されなければ動かず、先送りを繰り返すのか。
こうした対応は、市民に多大な時間的・精神的負担を強い、結果として申立てや追及を諦めさせる方向に作用する。
憲法第15条第2項は、公務員を「全体の奉仕者」と定めている。教育行政が市民の命と尊厳よりも組織防衛を優先するのであれば、公務員としての存在意義そのものが問われる。
全国の重大事態調査が示すとおり、第三者調査委員会が学校や教育委員会の過失を指摘しても、委員会自体には教職員等を直接処分する権限がない。そのため、報告書が出され、形式的な謝罪が行われても、実務レベルの改革や責任追及へつながらない事例が繰り返されている。
「罰則なき制度」の限界は明らかである。学校組織や教育委員会を第三者的に厳しく監査し、隠蔽的処理や不適切対応に対して、相応の懲戒・法的責任を問う仕組みを構築しない限り、第2、第3の旭川事件は必ず繰り返される。
隣町の佐久市で起きたこの重大な人災を、決して対岸の火事としてはならない。子どもたちの命と未来を守るため、地域社会全体が、機能不全に陥った教育現場と教育行政へ、継続的かつ厳しい検証の目を向け続ける必要がある。
本記事に登場する主な日付と記録・資料
本記事では、被害保護者から提供された申立書と説明をもとに、2025年夏頃から2026年7月までの出来事を取り上げている。主な日付は次のとおりである。
令和6年(2024年) 顧問B教諭をめぐる暴言問題と体罰アンケート
顧問B教諭の暴言をめぐる問題が生じ、体罰に関するアンケートが行われたとされる。ただし、具体的な暴言内容や当時の校内処理の詳細は、現時点で明らかになっていない。体罰が認められ、県教育委員会へ報告されたのは、今回の被害保護者が2026年3月に学校へ過去の問題を伝えた後である。
2025年夏頃 校舎上階から汚水をかけられた事案
掃除の時間に、被害生徒が校舎上階からバケツに入った汚水をかけられたとされる。担任へ報告したが、具体的な対応は確認できなかったという。
2026年1月22日 県立武道館での威圧的な叱責
夜間の県立武道館で、被害生徒が先輩Aから強い口調で威圧的な叱責を受けたとされる。
2026年3月12日 教室内での公開叱責
先輩Aが被害生徒の教室を訪れ、クラスメイトの前で威圧的な叱責を行ったとされる。
2026年3月下旬~4月1日 LINEグループからの排除
被害生徒側だけを除外した遠征チームの新しいLINEグループが作成され、稽古の招集連絡などから排除された。
2026年3月25日 1回目のグータッチ
顧問B教諭が、被害生徒と先輩Aに形式的なグータッチをさせ、仲直りを図ったとされる。
2026年5月~6月 無視、仲間外れ、物理的な拒絶の深刻化
大会やミーティングでの無視、腕を強く引かれる行為、威圧的な視線、地域大会での付き添い拒否などが重なり、被害生徒の孤立が深刻化した。
2026年6月18日 2回目のグータッチによる二次被害
顧問B教諭の指示によるグータッチの際、先輩Aが被害生徒の手を強く振り払うような接触を行ったとされる。
2026年6月20日 地域大会個人戦での付き添い拒否
試合に出場する被害生徒に対し、女子部員が誰一人として付き添いに来ず、一人だけ孤立する状況が生じた。
2026年7月7日 顧問による公開叱責
県大会直前、女子部員の中で被害生徒だけが顧問B教諭から強く叱責されたとされる。
2026年7月9日 電話によるいじめ重大事態の申立て
被害保護者が佐久市教育委員会へ電話で、いじめ重大事態として調査するよう申し立てた。その数日後、「いじめ重大事態に係る申立書」を書面で提出した。申立書では「心身に重大な被害が生じた疑いがある」にチェックが入り、診断書があることも示されている。
2026年7月11日 県大会会場でのお守り拒絶と保護者による暴言
被害生徒が試合に出場する女子レギュラー部員のために作ったお守りを渡そうとしたところ、先輩Aから強く拒絶された。その後、先輩Aの父親が被害生徒と母親に暴言を浴びせ、警察への通報・相談に至った。
2026年7月下旬 重大事態調査の実施決定
佐久市で初となるいじめ重大事態の調査を行うことが決定した。保護者によれば、調査に向けた第1回目の説明はすでに行われている。
※1:本記事は、被害生徒の保護者から提供された申立書、関係資料および説明に基づいている。重大事態調査による事実確認が進められている事項を含む。※2:本文中の発言は、保護者から提供された記録または説明に基づき、趣旨を変えない範囲で整理している。※3:「先輩A」「顧問B教諭」は、本記事上の便宜的な表記である。※4:掲載している写真やイラストは、イメージです。本記事の内容を表わしているものではありません。

















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