長野県御代田町の町立御代田南小学校で発生した、いじめ重大事態。
これまでの連載では、被害女児へのいじめと暴行、学校の見守り体制の破綻、学校いじめ対策組織が個別事案について十分に機能していなかった実態、法定で義務付けられている協議記録の不存在、重大事態の申立てを無視して正式な手続に載せなかった経過、さらに岡部温樹校長名で上部機関へ提出された事故速報カードの虚偽記載疑いなどを検証してきた。
そして今回、行政文書公開請求によって新たに開示された「いじめアンケート集計結果(内部資料)」と、学校・教育委員会を通じて国(文科省)へ報告された「問題行動等調査」の数値を突き合わせたことで、ある恐るべき実態が浮かび上がった。
それは、児童のいじめ訴えが大量に存在しても、認知・判断の過程を記録に残さず、後から検証できない状態を恒常化させる構造である。
本稿では、この構造を「いじめ隠蔽システム」と称する。
【本稿で検証する主な問題】
- 100名以上の児童が「いじめられた」と回答しているのに、文科省への認知件数が4件にとどまったのはなぜか
- その認知・非認知の判断過程を示す記録は残されているのか
- なぜ令和5年度以降、全校アンケート集計表が開示資料から確認できなくなったのか
- なぜアンケート原本を年度末(1年未満)で廃棄する運用が決められたのか
- 文科省への報告と学校の内部実態は整合しているのか
- 記録を残さないことが、学校の不作為の検証と再発防止をどのように妨げてきたのか
「被害申告107人」に対して年間認知4件——巨大な乖離
御代田南小学校の内部資料として残されていた全校アンケートの集計結果には、驚くべき数字が記録されている。
児童アンケート集計結果と文科省への認知件数
令和3年度には107人、令和4年度には82人もの児童が、アンケートで「いじめられた」と回答していた。一方、その年度について文科省へ計上されたいじめ認知件数は、わずか4件、3件である。
ここで注意すべきは、「被害を訴えた児童数」と「いじめ認知件数」は同じ単位ではないという点だ。107人の回答が、そのまま107件の独立した事案を意味するわけではない。
しかし、だからといって、この巨大な乖離が説明不要になるわけではない。
これほど多数の児童が自ら被害を申告している以上、学校は個々の申告について事実確認を行い、学校いじめ対策組織で共有・検討し、「どの申告をいじめと認知し、どれを非認知としたか」という判断過程を後から説明できなければならない。
ところが、その判断を検証できる組織的な協議記録が十分に確認できない。
問題なのは、100名規模の児童が被害を訴えていたにもかかわらず、最終的に「認知件数4件」という数字に至った判断過程を、現存する記録で一切追跡できないことなのだ。
集計表は姿を消し、アンケート原本は「年度末廃棄」へ
令和3年度・4年度には、「いじめられた」「いじめた」「目撃した」という児童の回答を学年別に集約した全校集計表が作成されていた。この資料が残っていたからこそ、今回、内部の被害申告と国への報告の巨大な乖離を暴くことができた。
ところが、令和5年度以降、この同形式の全校集計表が開示資料から姿を消した。さらに、令和8年4月15日付の校内文書には、次の運用が明記されている。
「紙面でとったアンケートは、職員室■■■(黒塗り)で保管し、年度末廃棄予定です」
これは単なる保存期間の話ではない。文部科学省のガイドラインは、アンケート質問票等の一次資料について少なくとも対象児童生徒が卒業するまで保存するよう求めている。
それにもかかわらず、御代田南小では「年度末(1年未満)で廃棄する」という特異な運用が文書化された。しかも令和8年4月は、本件のいじめ重大事態申立てが現実の問題として噴出していた時期である。
集計表は作らない。原本も短期間で廃棄する。協議・判断の記録も残さない。
この三つが重なれば、後から「学校が児童の訴えにどう対応したのか」を検証する手掛かりそのものが、物理的に失われる。
記録を残さないことこそ「隠蔽システム」の中核である
いじめ防止対策推進法の「いじめ対応」において、記録は単なる事務作業ではない。
誰が、いつ、どの情報を把握し、どう安全措置を決定したかを後から検証するための、組織的対応の基盤である。学校が本当に適切に対応していたのであれば、それ自身を証明するためにも記録は必要だ。
しかし、記録を残さなければ、検証は完全に不可能になる。そして検証不能な状態は、学校側の「不作為」を後から追及されにくくするという意味で、極めて都合が良い。
いじめを認知しなかった理由も、対策委員会を開かなかった理由も、すべて後から「関係者の記憶や口頭の説明」に置き換えることができるからだ。
記録がなければ、不作為は証拠として残らない。
本稿が「隠蔽システム」と呼ぶ本質は、嘘の文書を一枚作ることだけではない。不都合な判断過程そのものを記録に残さず、検証不能な状態を恒常化することにある。
【記録を残さないことで失われるもの】
- 児童の訴えを、誰が、いつ把握したか
- 学校いじめ対策組織へ報告したか
- いじめと認知した/しなかった理由は何か
- どの安全措置を決定し、誰が実施したか
- 再被害後に何を見直したか
- 「解消」と判断した根拠は何か
- 次年度の管理職へ何を引き継ぐべきか
記録を残さなかった弊害は、すでに現実のものとなっている
令和5年度、御代田南小学校では5年2組・3組で両担任が交代するほどの深刻な学級崩壊が発生していた。しかし、学校が原因をどう分析し、どのような再発防止策を決定したのかを追跡できる十分な記録は確認されていない。
そして令和7年度、同じ学校で再び深刻な学級運営上の問題が発生し、その環境下で被害女児へのいじめが発生・拡大し、最終的に重大事態へとつながった。
過去の学級崩壊から得るべき教訓や防止策が記録として引き継がれていれば、同じ失敗を繰り返さない材料になったはずだ。
記録を残さないことは、過去の責任を見えにくくするだけではない。学校自身が失敗から学ぶ機会を失い、同じ失敗を次の児童へ繰り返す原因になる。
隠蔽に都合のよい仕組みは、同時に再発防止を不可能にする仕組みでもある。
「子どものウェルビーイング」やTOCO-TONの理念を掲げるのであれば、記録・検証・引継ぎの基盤が欠けていた事実は重い。理念がどれほど立派でも、失敗を記録し次へ引き継げなければ、同じ被害は防げない。
文科省への報告も「実施」と回答——しかし裏付け記録がない
① 「毎年度実施」と文科省に回答——しかし、裏付けとなる記録がない
文科省の問題行動等調査で、御代田南小は「いじめ対策組織(第22条に基づく組織)を招集したか」という項目に対し、令和3年度〜令和7年度の全年度で「招集した」と回答している。
ところが、町教育委員会の令和8年9月の公開決定では、同組織の記録について令和7年度分は「1件(11月28日開催)」、それ以前は「不明」とされた。
さらに岡部温樹校長自身が、後の面談で「校内では、いじめ対策委員会としての開催は行っていない」と認めている。また、第4回で検証した事故速報カードには、未開催の委員会を「開いた」とする虚偽記載まで存在した。
⑬ いじめ防止対策推進法第22条に基づく、いじめ防止等のための組織を招集した。」※(注6)参照
(注6)選択肢「⑬ いじめ防止対策推進法第22条に基づく…組織を招集した。」については…いじめ未然防止や早期発見・事案対処、学校いじめ防止基本方針に基づく各種取組等のために、この条文に基づく組織を招集した場合に計上すること。
文科省のこの「(注6)」の趣旨は、ただ名簿上に組織があるだけでは不十分であり、「いじめの事案対処や早期発見」という本来の目的のために実際に会議を開いた場合にのみチェックを入れなさい、と厳格に指定している。
学校がもし「名簿はあったから」「保護者会対策の会議は開いたから」と言い訳をしても、この要件(事案対処のための招集)に照らせば、それが明白な虚偽報告(公的統計への虚偽)であることが証明される。
事故速報カードに続き、岡部温樹校長が作成・提出に関与した「公文書の虚偽記載・虚偽報告疑惑」の証拠が、ここでもう一つ増えたことになる。
② 深刻な学級問題の最中でも「認知したいじめは100%解消」
文科省への調査では、御代田南小が認知したいじめについて各年度で極めて高い「解消」率が報告され、令和5年度も認知した5件すべてが解消したとされている。
一方、令和5年度には同校で両担任が交代するほどの深刻な学級崩壊が発生していた。さらに翌年12月の町議会では、その学校の問題が尾を引き「全国学力テストの結果にも影響した」旨の発言までなされている。
この学級問題の存在だけで5件が「解消していなかった」とは断定できない。
問題は、どの5件を認知し、どのような確認を経て「解消」と判定したのか、その判断過程を示す記録が一切ないことだ。「100%解消」という数字だけが独り歩きし、判定根拠が残っていなければ、第三者が検証することは不可能である。
③ 月例報告と文科省への調査で数値が一致しない
学校が町教育委員会へ提出していた月例報告と、文科省へ提出された調査の間に、いじめ認知件数や暴力行為件数が一致しない年度が複数確認されている。
例えば令和7年度では、月例報告上のいじめは年間1件だが、文科省調査では3件となっている。暴力行為についても乖離がある。
集計時期の違いで差が生じることはあり得るが、同一年度で異なる数値が存在する以上、どの資料を基礎に、誰が、どの時点で数値を修正・確定したのかを説明できなければならない。開示された資料に、その調整過程は残されていない。
④ 「校内研修0件」「教員発見0件」が示す早期発見機能の不全
学校の計画書には「いじめ研修の充実」が掲げられていたが、文科省調査では少なくとも令和3・4・6年度について「校内研修を実施していない」と回答している。さらに令和6年度は、いじめの認知きっかけが「学校の教職員等が発見」した件数が0件であった。
計画上は「早期発見」を掲げながら、実際には教員による発見が0件の年度があり、研修さえ未実施の年度が複数存在する。学校の早期発見機能が十分に機能していなかったことを、自らの数字が証明している。
唯一の記録は、被害児童の救済ではなく「保護者会対応」
令和7年度について現在確認できる唯一の「いじめ対策委員会」記録(2025年11月28日付)を精査すると、その中心は被害児童の安全確保ではなく、学級内の問題を受けて予定されていた「保護者会・懇談会への対応策」であった。
本来、いじめ対策組織は児童の安全を守るために事案を協議する中核機関である。それにもかかわらず、法定組織が「保護者への説明対応(火消し)」を処理するための会議として使われていた実態が浮かび上がる。
必要なのは「会議を開いた形にすること」ではない。児童を守るために何を判断し、何を実行したのかを記録することだ。
全国平均との比較——「いじめが少ない平穏な学校」だったのか
文科省の令和6年度全国調査(小学校いじめ認知:児童1,000人当たり101.9件、暴力行為:13.8件)を児童572人規模の御代田南小に換算すると、「いじめ認知:年間約58件」「暴力行為:年間約8件」に相当する。
では、同校は「いじめが少ない平穏な学校」だったから認知件数も少なかったのだろうか。客観的な実態はそれを明確に否定している。
- 令和3・4年度には約100人の児童がアンケートで「いじめられた」と回答し、学校自身も「暴力による加害が多い」と分析していた。
- 令和5年度には、両担任が交代する深刻な学級崩壊が発生した。
- 令和7年度にも暴言・暴力・登校渋りが蔓延し、被害女児への深刻な暴行事件に発展した。
これらを総合すれば、御代田南小学校は、いじめやトラブルが少ない平穏な学校ではなく、実態として全国平均以上に荒れた学校だったと評価するのが自然である。
それにもかかわらず国へ報告された認知件数は毎年わずか2〜5件。町への「月例報告」も、全項目の年間総数が10〜20件台にとどまっていた。
ところが、保護者の追及や公文書公開請求によって外部からの検証が本格化した令和8年度には、わずか3か月(4〜6月)で月例報告の総件数が30件に激増している。
学校が突然荒れたのではない。以前から荒れていた学校で、それまで揉み消され、認知・記録されてこなかった事案が、外圧によってようやく数字として表に出始めたと考える方が実態に合っている。
過去の認知件数が少なかったことは、学校が平穏だった証拠ではない。むしろ、荒れた実態と報告数値との巨大な乖離こそが問題なのだ。そして、その乖離の理由を検証しようにも、判断過程を記した記録は残されていない。ここで再び、本稿の「隠蔽システム」に行き着くのである。
「隠蔽システム」は一人の校長の問題ではない
客観的な数字と公文書を並べると、御代田南小学校の「隠蔽システム」は、岡部温樹校長が就任した令和7年度から突然始まったものではないことが分かる。
100人規模のSOSが数件の認知にとどまり(令和3・4年度)、判断記録が残されず、その手掛かりとなっていた全校集計表も開示資料から姿を消した。
これらは、当時の町教育行政トップ・茂木伸一元教育長(令和6年12月まで在任)と、当時の学校トップ・白鳥郷史元校長(令和3年4月〜令和7年3月在任)の在任期間中に起きていた。
その後、令和7年4月に就任した白鳥元校長と同じ「信濃教育会」の会員である岡部温樹校長の下でも、重大事態申立てについて対策組織を開催せず、記録を残さない運用が続いた。さらに令和8年4月には「アンケート年度末廃棄」という運用が文書化され、虚偽記載のある事故速報カードまで提出された。
つまり、白鳥元校長・茂木元教育長の在任期から続いていた「表面上の平穏を取り繕い、判断過程を記録に残さない運用」が、岡部校長の時代にも継続したのである。
まさに「隠蔽のバトンリレー」と呼ぶべき状態である。
誰がこの運用を作り、誰が維持し、なぜ教育委員会は是正しなかったのか。
記録・検証・引継ぎの欠落が複数年度にわたって続いていたのであれば、検証対象は学校だけではない。学校を指導・監督してきた御代田町教育委員会そのものが、検証対象である。
茂木伸一元教育長の再任を「確信」して求めた小園拓志町長
令和6年12月の御代田町議会において、小園拓志町長は茂木伸一氏の教育長としての実績を高く評価し、再任同意を求めた。
議員から「ほかに選択肢はなかったのか」と問われた町長は、「はい、そのように確信して提案をさせていただいております」とまで断言している。
しかし、再任案は賛成6・反対7という僅差で不同意(否決)となった。
今回明らかになったアンケートと認知件数の巨大な乖離、ずさんな記録管理、機能しない対策組織、度重なる学級崩壊などは、いずれも茂木氏が教育長を務めていた時期を含む教育行政のあり方そのものを検証する必要性を示している。
では、なぜ小園町長は、これだけの問題が在任期間中に積み重なっていた茂木元教育長について、他の候補を検討する余地すらないかのように再任を「確信」していたのか。
単に教育行政上の実績を高く評価していたからなのか。それとも、町長と元教育長との間に、議会には示されていなかった別の事情が存在したのか。
その疑問を解く「町長と元教育長の謎の関係性」を、次回公開する。
※本稿における「隠蔽」「隠蔽システム」は、開示された公文書、内部集計、国(文科省)への報告、記録保存の実態、過年度からの運用経過を総合した、本サイトによる評価である。
※2026年7月に実施した公文書公開請求では、いじめ防止対策推進法が施行された平成25年度(2013年度)まで遡って関係文書を請求した。しかし、5年以上前の文書については、保存状況や所在が確認できず、十分な資料を入手することができなかった。したがって、本稿の検証対象は、現時点で確認可能な直近5年間の記録を中心としている。なお、過去の対応を検証しようとしても、そもそも記録が残っていない、あるいは所在が確認できないという状況そのものが、本稿で指摘する記録管理上の問題の一つでもある。

















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