御代田南小学校で発生したいじめ重大事態。第5回の記事では、学校のトップである岡部温樹校長が保護者に配布した文書と、その後の実際の行動との間に、決定的な矛盾と不作為が存在することを指摘してきた。
では、なぜ岡部温樹校長はこのような杜撰な対応を正当化し続けたのか。その答えは、令和8年(2026年)6月29日に被害児童の保護者と学校側で行われた面談の中にあった。
自らの怠慢をごまかすため、国の法律やガイドラインを「自分勝手に曲解」し、それを隠れ蓑に保護者を煙に巻こうとしていた衝撃の実態を、実際のやり取りから暴いていく。
「法律を私なりに解釈して…」社会通念上あり得ない行為
いじめ対応において、文部科学省の基本方針や長野県の「いじめ対応マニュアル」では、学校は被害児童・保護者に対して事実関係等の情報を適切に提供することとされており、「加害児童生徒のプライバシー保護を過度に盾にとって、被害児童生徒やその保護者に対する説明を怠ることがないようにすること」と明確に注意喚起されている。これは重大事態に限らず、すべてのいじめ事案に適用される基本原則である。
実は、個人情報保護法第27条第1項(および第69条第2項)には、「本人の同意(許可)がなくても情報を開示してよい」という明確な例外ルールが存在する。
具体的には、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」や「児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合」に該当し、かつ本人の同意を得ることが困難な状況であれば、許可を得ずとも情報の開示・提供が法的に認められているのだ。
いじめという「児童の心身の安全を直接脅かす事態」において、被害の拡大を防ぐために必要な情報を被害者側に共有することは、まさにこの例外規定に合致し得る。
しかし岡部温樹校長は、以前行われた臨時学級懇談会などで「個人情報とプライバシーがあるから」という理由で、参加した保護者らの質問に対して、加害児童の状況や具体的な事実関係の説明を拒絶していた。面談の場で、保護者がその矛盾を問いただした際のやり取りが以下である。
【6月29日 面談音声より】
保護者:「ガイドラインには『個人情報を盾に説明を怠ってはいけない』と明記されています。情報を出さない法的根拠は何ですか?」
岡部温樹校長:「ガイドラインにあるその記載は、『第三者委員会が調査報告をする際』に限定されたルールであると、私は解釈しております。」
保護者:「どこに『第三者委員会に限る』と書かれているのですか?」
岡部温樹校長:「……法律を、私なりに解釈して……」
保護者:「『あなたなりの解釈』というのは、客観的な法的根拠のない『個人の主観』ということですよね。」
岡部温樹校長は、保護者に対する「説明責任」を免れるため、いじめ全般に適用されるべきガイドライン等の記述を「第三者委員会が報告する時の限定ルールだ」と捻じ曲げて解釈していたと見受けられる。
もしこの独自解釈がまかり通れば、「重大事態になって第三者委員会が開かれるまでは、学校は個人情報を理由にいじめの事実を被害者に一切説明しなくてよい」ことになってしまう。社会通念上、到底通り得ない暴論と言えよう。そして法的根拠を詰められ反論できなくなると、「法律を私なりに解釈した」という。これは、個人の主観で必要な説明をしなかったと自白しているのに等しい。
さらに言えば、このように「個人情報」を不当に盾にして被害者側への説明責任を果たさない行為は、単なる不誠実な対応にとどまらない。いじめ防止対策推進法(第28条第2項)が定める「情報の適切な提供義務」に明白に違反する不作為であり、過去のいじめ訴訟の判例に照らせば、国家賠償法上の「説明義務違反」として学校側の違法性を問われうる極めて悪質な行為である。
「町の規則に従っている」という嘘と自己矛盾
さらに岡部温樹校長は、保護者への情報提供を制限する理由について、事前にメールで「学校単独の基準ではなく、御代田町個人情報の保護に関する法律等施行規則に基づいて対応しています」と明言していた。しかし、この主張も面談で呆気なく崩壊する。
大前提として、この「御代田町個人情報の保護に関する法律等施行規則」は、開示請求の手続き等を定めた行政上の事務規則に過ぎず、そもそも学校現場での「児童名の匿名化」や「保護者会での情報提供の制限」といった、個別の情報取り扱い基準を定めた規則ではない。
保護者は事前に町の規則を確認した上で、岡部温樹校長を追及した。
【6月29日 面談音声より】
保護者:「児童の名前を匿名にしたり実名にしたりと統一されてないのは、何を根拠にそんなことされてるんですか?」
岡部温樹校長:「個人情報を大事にするために、いろんな決まりがあります。」
保護者:「(町の規則には)個人情報だから何も言えませんって、書いてない。(中略)あなたが元にして運用してるっていう規則のどこにも書いてない。」
岡部温樹校長:「すべてが規則に載っているわけではありませんが、むやみに表に出さないことを大事にしたいということでやっておりまして……」
保護者:「そういう細かいことを決めるには、町の規則で審査会に出して細則を決めないといけないんですよ。あなたの言う『大事に扱わないといけない』というのは細則で作成されているんですか?」
岡部温樹校長:「そういうものはありませんが……」
保護者:「大事にするっていうことで情報を伏せていいっていうことには繋がらないでしょ。慎重に扱うということは、法律で定められた規則の範囲で運用しなさいってことじゃないですか。法定手続きも経ず、根拠もないのにあなたの勝手な判断で運用しているということですか?」
岡部温樹校長:「そこの法律的な判断については、学校としても、私の方でも判断しかねますので……」
※注:保護者がこの前段で「細則を定める場合は審査会にかけて決定しなければならない」と指摘している点は、実際の規則等に照らすと保護者側の拡大解釈(審議会等への諮問は任意である場合が多い)の可能性が含まれる。しかしここで重要なのは、「岡部温樹校長自身が、自分が根拠としているはずの規則の内容すらまともに把握しておらず、反論もできないまま『私では判断しかねる』とごまかした」という事実である。
地方公務員法第三十二条には「職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と法令遵守の義務が定められている。
学校運営の責任者である校長が、法律や規則の正しい解釈を怠り、自分に都合が良い時には存在しないルールをでっち上げ、言い逃れができなくなると独自の解釈や感情論に逃げ、追及されると「判断しかねる」とごまかす。これは公務員としての責務に著しく反する行為である。
文科省からの「新年度に向けた緊急通知」も無視
岡部温樹校長の「ルールや法定の軽視」はこれだけにとどまらない。
令和7年(2025年)3月6日、文部科学省は全国の教育委員会および学校に対し「新年度における法等に基づくいじめに対する平時からの備えについて」という通知を出している。これは、教職員がいじめ事案を個人的に抱え込むことを防ぐため、新年度に向けて「学校の組織的な対応マニュアルの整備・見直し」や「チェックシートの活用」を強く求める、極めて重要な通達であった。
【6月29日 面談音声より】
保護者:「令和7年3月6日に文部科学省からマニュアル等を見直すよう通知が出ていますが、実施しましたか?」
岡部温樹校長:(※令和4年に作成された古い基本計画を提示する)
保護者:「令和7年に作れと指示されているのに、令和4年のものでは意味がありません。いつ見直しをしたのですか?」
岡部温樹校長:「……先週の木曜日に見直しました。」
保護者:「私が(指摘したから)慌てて作ったのではないですか? 赴任してきてから、その前はいつ見直したのですか?」
岡部温樹校長:「私が赴任してきてから(見直したこと)は、ありません。」
文科省からの重要な通知を、保護者から指摘される6月下旬までの1年と3ヶ月、完全に放置していたことが窺える。しかも、言い逃れができなくなり、面談直前の「先週の木曜日」に慌てて体裁だけを取り繕った事実まで露呈している。
文科省の通知を無視し(あるいは存在すら知らずに)組織的な備えを怠った結果、通知からわずか2ヶ月後の令和7年5月には、早くも当該クラスで学級崩壊が発生している。そして、その学級崩壊に伴ういじめ防止対策推進法に則した学校としての対応については、協議の記録等が一切残されていないため、今となっては、どのような協議が行われ対応を実施したかについて、全くの不明である。
法定の「重大事態の対応」を「準じた対応」という独自ワードで誤魔化す
極めつけは、いじめ防止対策推進法で定められた「重大事態」への対応である。保護者から重大事態の申し立てがあった場合、直ちに学校いじめ対策組織(いじめ対策委員会)を開いて協議し、教育委員会へ報告する法的義務がある。
【6月29日 面談音声より】
保護者:「重大事態の要請があった場合、直ちに委員会を開いて協議・報告する法的義務がありますが、実施したのでしょうか?」
岡部温樹校長:「委員会としては行っていません。教頭との共有はしましたけれども……重大事態に『準じた対応』をしていくということを考えながらやってきたということで……」
保護者:「『準じた対応』などという言葉は法律にありませんし、そのような説明も一切受けていません。」
法定の学校いじめ対策組織による委員会を一切開かず、「教頭と情報を共有しただけ」で対応を済ませたつもりになり、法律のどこにも存在しない「準じた対応」という独自の言葉を用いて正当化しようとしている。
そもそも岡部温樹校長のこれまでの対応は、「いじめ対策委員会の協議記録が存在しない」「法定のアンケート結果の組織的共有がない」など、通常の「いじめ防止対策推進法」にすら全く則していないことは、これまでの記事で繰り返し指摘してきた通りである。
基本的な法律の運用すら放棄している状況で、一体どうやって「重大事態に準じた対応」をしたなどと言えるのだろうか。これもまた、自らの過失や不作為を隠すための苦しい言い訳と捉えられても仕方がないだろう。
確固たる証拠に基づく正式な調査申立て
現在、被害児童の保護者は、岡部温樹校長の職務懈怠および虚偽公文書作成の疑い等について、御代田町教育委員会へ正式な調査申立てを行い、調査が進められている。
これは単なる保護者の感情的なクレームではない。
「メールの記録」「公文書公開請求による協議記録不存在の事実」、そして今回提示した「面談の音声記録」といった、客観的で強固な証拠をすべて添えた上での正当な調査申立てである。
なぜ文部科学省は「いじめ防止対策推進法」を定めたのか
自らの不手際を隠すために、個人情報を盾に使い、都合が悪くなると「法律を自分なりに解釈した」「準じた対応をした」と理由を並べる。一方で、根拠を問われれば「私では判断しかねる」と責任を避ける。
そもそも、なぜ文部科学省(国)が「いじめ防止対策推進法」という法律を定めたのか。
それはまさに、今回のように教育現場の人間が「個人の主観」や「保身」で都合よく事実を捻じ曲げ、隠蔽することを防ぐためである。
いじめ防止対策推進法 第二十二条では、以下のように定められている。
「学校は、当該学校におけるいじめの防止等に関する措置を実効的に行うため、当該学校の複数の教職員、心理、福祉等に関する専門的な知識を有する者その他の関係者により構成されるいじめの防止等の対策のための組織を置くものとする。」
また、長野県の「いじめ防止等対策マニュアル」においても、「教職員個人の判断でいじめではないと判断したり、一人で抱え込んだりせず、必ず『いじめ対策組織』に報告・相談し、学校が組織として対応する」ことが明記されている。
つまり、いじめ問題に対して「個人の主観で判断すること」を厳しく禁じ、この対策組織による『組織的な協議』と『設置者(教育委員会)への報告』を絶対の義務としているのだ。
岡部温樹校長の行動は、この法律の根本理念を根底から破壊する行為と言わざるを得ない。
法やルールを遵守せず、己の保身と主観で法律を捻じ曲げる人間に、これ以上学校を任せることはできない。
※記事内の会話の引用は、実際の音声記録に基づき、対話の文意を損なわない範囲で、読者に伝わりやすいよう口語表現を一部編集・整えています。





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